Minuma

見沼と自然

400年の歴史、
そして未来を考える。

今から約400年前の江戸時代。 東京の前身である江戸は、人口100万人を超える巨大都市へと成長していきました。 今のような大規模な流通網やインフラがない時代、江戸の暮らしは都市の中だけで完結していたわけではありません。 周辺の地域から食料や物資が運び込まれ、人や自然、産業の関係の中で、巨大な都市が成り立っていました。

そして数百年の月日を超えてもなお、東京都心から20~30km圏内に、江戸から続く地域の営みを感じられる場所があります。 約1,260ヘクタールの農地や水路、斜面林などが広がる「見沼」です。 都市開発が進む首都圏にあって、これほど大きな農業・自然空間が残されていることは決して当たり前ではありません。

自然と経済をどうつなぐか。都市と地域をどうつなぐか。暮らしと自然をどうつなぐか。 自然と経済、暮らしを切り離さずに考える。そんな考え方が世界でも広がるいま、その問いへのヒントが、見沼にはあります。

江戸から続く地域の知恵を現代の技術や価値観で捉え直し、過去の風景をそのまま残すのではなく、未来の暮らしへと更新していく。 見沼で、未来の暮らしに参加しませんか?

  • 1590|江戸の時代が始まる 徳川家康が江戸城に入城。湿地帯であった江戸とその周辺の開発が始まり、急速に都市として発展していく。
  • 1603|江戸幕府が成立 政治・経済の中心となり、人口が急速に集中。巨大都市を支える「水と食料」の確保が命題となる。
  • 1629|見沼溜井(ためい)がつくられる 関東郡代・伊奈忠治が「八丁堤」を築き、芝川をせき止めて巨大な人造湖「見沼溜井」を形成。灌漑(農業)用水を蓄え、新田開発と治水の基盤となる。
  • 1721|江戸の人口が100万人を突破 世界最大級の巨大都市となり、食料・薪炭・物資の供給体制の抜本的な再構築が急務となる。
  • 1727|見沼の大改造(新田開発)が始まる 8代将軍・徳川吉宗による「享保の改革」のもと、水利技師・井澤弥惣兵衛為永が見沼溜井の干拓に着手。都市の需要に応えるため、広大な農地へと姿を変えていく。
  • 1728|見沼代用水が完成 利根川から約80kmに及ぶ「見沼代用水(東縁・西縁)」をわずか半年の突貫工事で完成させる。現在の「見沼田んぼ(約1,260ha)」の骨格が形成される。
  • 1731|見沼通船堀が開通・「完全都市循環」の完成 用水路と河川(芝川)の約3mの水位差を、2つの水門(閘門)の開閉によって解消する「見沼通船堀」が完成。見沼の米や野菜が舟で江戸へ運ばれ、帰り荷として江戸のし尿(下肥)や有機物が肥料として地域へ届く、都市と農村の巨大な「双方向資源循環エコシステム」が完成する。
  • 1868|江戸から東京へ 明治維新。日本の近代化と都市化が進む中、見沼は首都・東京の近郊農業地帯としての役割を担い続ける。
  • 1931|見沼通船(舟運)の廃止と物流の変革 鉄道(東北本線等)やトラックなど陸上交通の発達に伴い、200年近く都市と見沼を結び続けた見沼通船(舟運)が幕を閉じる。物流の近代化により、江戸時代から続いた直接的な水運循環の歴史が物理的な区切りを迎える。
  • 1958|狩野川台風と治水機能の再評価 首都圏を襲った大水害において、見沼田んぼが大量の洪水を受け止める「天然の遊水地」として機能。都市防災としての価値が再認識される。
  • 1965|「見沼三原則」の制定 首都圏の急激な宅地化(スプロール現象)の波が押し寄せる中、埼玉県が建築規制を伴う「見沼田んぼの保全に関する基本方針(見沼三原則)」を策定。行政と農家の地道な努力により、首都圏30km圏内に1,260haの農地と自然が奇跡的に死守される。
  • 1970年代|見沼田んぼ横断道路計画の浮上と大規模な保全運動の勃発 高度経済成長に伴う物流網の発達と都市化の中で、見沼田んぼを横断する高速道路(後の首都高速埼玉新都心線構想など)の建設計画が浮上。これに対し、「見沼三原則」や貴重な自然環境を守ろうとする農家、市民、研究者らによる激しい反対・保全運動が始まり、数十年に及ぶ議論の幕が開く。同時期、全国的な冷食・保冷輸送技術(コールドチェーン)の確立により、遠方産地からの野菜流入が進み、見沼の「東京近郊」としての絶対的優位性が低下し始める。
  • 1980〜1990年代|グローバル貿易の拡大と耕作放棄地の増加 WTO(世界貿易機関)発足や農産物の輸入自由化が進み、安価な海外産農産物が大量に都市へ流入。見沼の農業は価格競争と農家の高齢化に晒され、「東京の胃袋を支える」というかつての役割が激減し、耕作放棄地が増加する。
  • 1995|「保全」から「活用・共生」へ 埼玉県が「見沼田んぼの保全・活用・創造の基本方針」を策定。単に開発を防ぐ「保全」から、都市住民との交流、農業振興、生態系ネットワークの構築を目指す「活用」の時代へシフトする。
  • 2001|さいたま市発足と新規就農支援の本格化 自治体合併により「さいたま市」が誕生。見沼田んぼの多くが一つの市に集約されたことで、新規就農者の育成(就農塾等)や市民農園の推進など、荒廃する農地を守り「新しい担い手が自然と付き合う」ための行政支援が本格スタートする。
  • 2006|首都高速埼玉新都心線の開通と東側延伸の一時凍結 1970年代から約30年に及ぶ保全運動と激しい議論を経て、首都高速埼玉新都心線(新都心〜見沼出入口)が開通。見沼の景観や生態系への影響を最小限に抑えるため、掘割(半地下)構造などの設計が採用された。見沼田んぼを本格的に貫く東側延伸は見送られ、「見沼出入口」で止まる形で一時凍結とされた。
  • 2019|世界かんがい施設遺産への登録と「IPBES地球規模評価報告書」 江戸時代の水利システム(見沼代用水)が評価され「世界かんがい施設遺産」に登録される。同年に国連IPBESが「世界で約100万種が絶滅の危機にある」と発表し、生物多様性の喪失が地球規模の危機として認識される。
  • 2020|世界経済フォーラム(WEF)による「自然資本リスク」の提示 世界経済フォーラムが「世界のGDPの半分以上(約44兆ドル)が自然資本に直接依存している」と発表。自然環境の損害が世界経済の崩壊に直結するという認識が世界の企業や投資家に広がる。
  • 2021|「みどりの食料システム戦略」と「国連生態系回復の10年」の開始 農林水産省が環境負荷低減を目指す新戦略を発表。同時期に国連が2021〜2030年を「国連生態系回復の10年」に指定し、破壊された自然を積極的に再生させる「リジェネラティブ(環境再生)」へのシフトが国際標準となる。
  • 2022|「30by30」目標と「TNFD」の始動 国際会議(COP15)にて「30by30」と「ネイチャーポジティブ」が世界目標として合意される。企業に対して自社の活動が自然環境に与える影響やリスクなどの情報開示を求める「TNFD」の本格運用が始まる。
  • 2023|「自然共生サイト」制度の開始 環境省が「自然共生サイト(OECM)」制度を開始。企業の環境投資が公的な生物多様性貢献データとして評価される枠組みが整う。
  • 2024|見沼での「自然共生サイト」認定と生物多様性条約COP16 埼玉県申請の緑のトラスト保全第1号地「見沼田圃周辺斜面林」が環境省の「自然共生サイト」に正式認定される。見沼が国のネイチャーポジティブ達成に向けた公式な実証フィールドとして位置づけられる。
  • 2025|さいたま市「オーガニックビレッジ宣言」 生産から消費まで地域ぐるみで有機農業を推進する方針を表明。見沼田んぼを核としたリジェネラティブ農業・安全な食の供給基盤づくりが本格化する。
  • 2025|新都心線・東側延伸議論の再燃と多角的な検討 埼玉県、さいたま市、国(国土交通省)、地元経済団体などを中心に、2006年以来凍結されていた見沼出入口で途切れている新都心線の東側延伸(東北道方面への接続・核都市広域幹線道路構想)の検討が本格化。見沼出入口周辺の慢性的な交通渋滞の解消、広域物流の効率化、災害時の代替ルート確保を求める声から再浮上した。一方で、見沼田んぼの貴重な生態系や景観への悪影響を懸念する慎重論・見直し論も根強く、地下トンネル案やルート変更案を含め、1970年代からの保全の歴史を踏まえた多角的な議論が続いている。
  • 2027|見沼代用水開削300周年 1727年に始まった見沼代用水の開削から300年。江戸の食料生産を支えた大規模な水利事業を振り返り、見沼と東京の新しい資源循環を考える節目となる。
  • 2028|見沼代用水完成300周年 見沼代用水の完成と見沼溜井の干拓から300年。水を蓄える場所から農地へと転換した見沼の歴史を、自然と人間の関係を考え直す機会へとつなげる。。
  • 2030|ネイチャーポジティブと「30by30」の達成(国際中期目標) 「2030年までに自然の損失を止め、回復軌道に乗せる」国際目標の達成年。見沼で稼働した「都市の消費が自然を回復させる循環モデル」が、世界中の都市近郊における最先端事例として評価される。
  • 2031|見沼通船堀開通300周年 江戸と見沼を結んだ舟運の歴史から300年。農産物や肥料が行き交った水路の記憶を、現代の都市と農村の新しい経済循環へとつなぐ節目となる。
  • 2035|日本の温室効果ガス60%削減目標 日本政府は2035年度までに、温室効果ガス排出量を2013年度比で60%削減する目標を設定。企業の脱炭素化だけでなく、農業における土壌管理や有機資源の活用、自然を利用した気候変動対策の重要性も高まる。都市と農村が協力し、環境負荷の削減と地域経済を両立させる仕組みが求められる。
  • 2040|環境負荷を抑える次世代農業技術の確立目標 農林水産省は「みどりの食料システム戦略」で、2040年までに次世代有機農業に関する技術を確立する目標を掲げる。農業機械の電化・水素化などの技術開発も進め、農業の生産性と環境負荷低減の両立を目指す。見沼のような都市近郊農地でも、伝統的な農業と新しい技術を組み合わせる可能性が広がる。
  • 2040|日本の温室効果ガス73%削減目標 日本政府は2040年度までに、温室効果ガス排出量を2013年度比で73%削減する目標を設定。脱炭素と経済成長を両立させる「GX2040ビジョン」のもと、産業や地域社会の転換が進められる。自然環境の保全に加え、地域資源を循環させる新しい事業や産業の創出も重要な課題となる。
  • 2050|有機農業を国内農地の25%へ 農林水産省は、2050年までに有機農業の取組面積を国内の耕地面積の25%、約100万ヘクタールに拡大する目標を掲げる。農業の生産性を維持しながら、化学農薬や化学肥料への依存を減らし、土壌や生物多様性に配慮した食料生産への転換を目指す。都市近郊に広大な農地を持つ見沼にとっても、農業の将来を考える重要な目標となる。
  • 2050|資源循環型の食料生産システム実現目標 内閣府のムーンショット型研究開発制度では、2050年までに微生物や昆虫などの生物機能を活用した、完全資源循環型の食料生産システムの開発を目指している。かつて江戸と見沼を結んだ農産物と肥料の循環を、現代の科学技術によって新しい形へ発展させる可能性を示す国家的な研究目標となっている。
  • 2050|「自然と共生する世界」の実現(国際長期ビジョン) 国連および日本政府が掲げる2050年ビジョン「自然と共生する世界(Living in Harmony with Nature)」の達成年。人間の経済・暮らし・食料生産が自然環境を豊かにし続ける持続可能な社会が標準となり、400年前に江戸と見沼が築いた循環の思想が、世界の未来の姿となる。

見沼と都市の
持続可能な調和を目指して

COLUMN

私たちが今、自然を守り、持続可能な形で未来へ繋ごうとしているのは、単なる環境保護の倫理観や景観維持のためではありません。水、食料、防災、気候の安定といった私たちの暮らしや経済のすべては、自然生態系が提供する「自然資本」という豊かな土台の上に成り立っているからです。

とりわけ見沼の自然は、先人たちが400年にわたり手を入れ続けることで保たれてきた「人との共生による自然」です。そのため、単に開発を防ぎ立ち入りを制限するような「手つかずの保護」では、かえって農地や森が荒廃し生態系が崩壊してしまいます。保全活動を長く続けていくには、税金やボランティアの善意だけに頼るのではなく、事業や投資を通じて自然を維持・再生する「持続可能な経済の循環」を組み込むことが不可欠です。

これから私たちが目指すのは、2030年までに生物多様性の損失を止め反転させる「ネイチャーポジティブ(自然再興)」の達成、そしてその先にある2050年ビジョン「自然と共生する世界(Living in Harmony with Nature)」という国際目標です。

2026年現在、見沼田んぼの現場では、首都高速埼玉新都心線の東側延伸(核都市広域幹線道路)を巡る議論が再び注目を集めています。一見すると、都市の利便性や防災機能と、1,260haの自然保全との衝突に見えるかもしれません。しかしこれは、「これからの都市と自然はどうあるべきか」を世界へ向けて問い直し、新しい回答を示す絶好のチャンスでもあります。

いま求められているのは、「開発か保全か」という昭和・平成の二項対立を乗り越えることです。政府が主導する「ネイチャーポジティブ経済移行戦略」や「グリーンインフラ推進戦略2030」が示すように、インフラ整備や事業活動そのものが周辺の自然資本をより豊かに(ネイチャーポジティブに)導くような、新しい技術的共存と評価の仕組みへと舵を切る絶好の機会が訪れています。

見沼という現場は、400年守り抜かれたインフラと地道な生態系データの蓄積、新規就農の土台を活かし、都市課題の先端に立ちながら「都市の経済活動と自然再生が高度に両立する生きた実証モデル」を世界へ提示していく最高の舞台です。

オフィスの廃棄物を資源に変える企業の一歩、週末に見沼の農産物を選び、ツアーに足を運ぶ市民一人ひとりの選択が、この風景と生態系を育む直接の力になります。

かつて江戸と見沼が「舟運と下肥」という当時の技術で完全な資源循環を成し遂げたように、21世紀のテクノロジーやサステナブルな投資を駆使して「都市の営みが自然を豊かにする仕組み」を再構築すること。

現実に存在する課題をチャンスに変え、この素晴らしいストーリーを活かしながら、ビジネスと自然がともに豊かになる未来を、一緒に見沼からつくっていきませんか。

PLANS & STORIES

都市の営みが、自然を豊かにする。

江戸から続く農と自然を受け継ぐ見沼から、
新しい循環とネイチャーポジティブな未来をつくります。